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   激しい雷鳴で目が覚めた。外は豪雨で、ひっきりなしに青みがかった稲光が部屋の壁を照らしている。
雷が怖いと思ったことはなかった。ただうるさくて、そのまま寝付くこともできそうになかった。

   ふと、父は帰ってきているのだろうかと思った。父、ゾルフ・J・キンブリーは国家錬金術師で、しばしば軍の「仕事」に出かける。「完璧に」「美しく」やり遂げることを信念にしている父の「仕事」の内容を詳しく聞いたことはなかったが、たいていは夕食の時間までに帰ってきていた。しかしその日は帰る気配がなく、わたしは結局先に寝たのだった。

リビングに人の気配がしたので、そちらへ行ってみた。

  父がいた。

  風呂に入った後らしく、真っ白いバスローブを羽織っていた。しかしその襟から覗く首筋は上気しているというよりはバスローブと同じような白さで、そこに普段は束ねている黒髪がかかっている。

  わたしはゆっくり近づいた。

  父は、考え事をしているというよりは放心したような様子で、足を投げ出し、腕もだらりと身体の脇に下ろしていた。虚ろな目で、唇がわずかに動いている。その唇にも血の気がない。わたしは急に不安になって、父の手に触れた。

  父の指は恐ろしく冷たく、石膏でできているかと思われた。 

「起きていたのですか」

  父の声がしてわたしは顔をあげた。父がこちらを見ていた。瞳孔がわずかに震えて、それが異様な光を宿しているように思えた。長い前髪が一房、こめかみから頬にかけて貼りつき、唇の端が切れて血が滲んでいた。わたしは手を引っ込めた。 

「これは失礼」

 父は目を閉じて、眉間を指先で押さえた。
 次に瞼を開けた時にはいつもの眼差しに戻っていた。  
 
「今日の『仕事』はいつもと勝手が違いましてね」 

父は唇の端の傷を長い舌で舐めた。

「雨が酷いですね。雷は嫌いですか?」 

   わたしは首を振った。  

「女性の前でこの格好は適切ではありませんね。着替えてきます。 牛乳を温めて飲みましょう」
 
  わたしは頷いてソファに腰掛けた。もう一度父の手に触った。
父の手は相変わらず冷たかった。けれどももはやそれは石ではないとわかっていた。
父はもう一度わたしを見て、それから立ち上がった。






ーーーーーーーーーー
新年となりましたが妄想が切り替わるわけでもなくてキンブリーさんとその娘話シリーズです。
キンブリーさんは酒も煙草もやらない気がします。感覚を鈍らせるとか言いそう。
2012.01.01 Sun l 二次創作 l コメント (0) l top
  その日起きてダイニングに行くと、父の姿はなかった。いつもは父の好む紅茶と父が読んでいる新聞のインクの匂いが漂っているがそれもなく、部屋はしんとして寒かった。
 
 多分父は書斎に籠っているのだろう。昨夜遅くに父が「仕事」から帰ってきたのは知っていた。

父が書斎にいるのなら、次に出てくるのはいつになるかわからない。わたしはキッチンへ行き、食糧庫からパンとチーズを取り出した。牛乳は数日前から切れている。水道の蛇口をひねり、コップに水を汲んで、テーブルに置いた。  
  堅くなったパンを囓っていると、ドアの開く音がして、父が入ってきた。「仕事」の時に着ている、白いスラックスに白いベストのままだった。ネクタイも少し緩んでいたが外されていなかった。

父はわたしに気がつかないままキッチンへ行った。水がほとばしる音がする。お茶を淹れるために湯を沸かすのかと思ったら、コップを手にして出てきた。 

「水を出したら蛇口はきちんとしめてください」

わたしははいと言った。書斎での作業に一段落ついたのだとわかり少し嬉しかった。 
父はそのままダイニングテーブルにやってきて向かいに腰掛け、コップの水を飲んだ。わずかに差し込む朝日が、父の白い喉仏が上下するのを照らす。この人も生水を飲むことがあるんだなと、わたしはおかしなことを考えていた。 

「天気がよくなったようですね。今日は外に出ましょう」

わたしが頷くのを見て、父は立ち上がり再びキッチンへ行った。
 


こういう日を小春日和というのか、弱々しい冬の陽射しの下でも、歩いてみるとそれほど寒くは感じなかった。 

パンを買って、なおも父と歩いた。

父は考え事をしているようだった。昨夜書斎に籠っていた時と同じように何かに心を囚われているのかもしれない。

公園のある一角に来た。ベンチに座り、通る人を眺めた。父は指を組み合わせ、時折何かを呟いたりしている。考え事が終わる気配はなかった。
わたしは立ち上がってベンチの周りを見渡した。棒切れを見つけてそれで地面に落書きなどしていると、いつのまにか父が後ろに立っていた。

「何か欲しいものはありますか」

全く予想していなかった質問だったので、わたしはどう返してよいかわからず、ふるふると首を横に振った。

「そうですか。では、行きましょう」
父は特にがっかりした様子でもなく、淡々と歩き出した。わたしはそれを急いで追った。


 
家の近くまで来たところで、花売りがいるのを見つけた。不意に父が言った。

「花。悪くないですね」

そして一輪の濃紫の花を手に取った。

「ユーストマですか」

わたしはもちろんその花の名を知らなかった。ただぼんやりと、こんな季節にも咲く花があるのかと思っていた。
花売りにいくらか払った後、父はわたしにその花を渡した。

「これを、貴女に」

父はありがとうとわたしが言うのを見て軽く頷き、そしてまた歩き始めた。

 「いずれ枯れる花ですが、その移ろいそのものが美しい。……花瓶になるようなものを探しましょう」

紫色の薄い花びらが揺れた。  





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Twitterにて、「普段はそんな事しないのに、気まぐれでプレゼントをあげちゃうキンブリパパ」というお題をいただき、何それ萌える……!!と勢いで書きました。(またか
ユーストマとはトルコキキョウのことです。キンブリーさんにバラやガーベラは似合わないよね。

ひづるさん、ありがとうございました~♪
2011.12.30 Fri l 二次創作 l コメント (0) l top
 わたしには父が二人いる。
 わたしがこの世に生を受けることになるきっかけになった父、
 そして、
 わたしがこの世で生きていくことを決めるきっかけになった父だ。

 一人目の父の名をわたしは覚えていない。
 恐ろしい爆音と立ち上る土煙、破壊された建造物の瓦礫と殺された人々の血と臓物の匂い。
 そういったものが、それまで家族だった人たちの顔や名前をすべて、わたしの記憶から消し去ってしまったのだ。

 ゾルフ・J・キンブリー。
 「紅蓮の錬金術師」の二つ名を持ちながら、世間では「爆弾狂キンブリー」として忌み嫌われた男。
 そして、わたしの二人目の父。

 
 初めて会ったのはわたしが小学校に上がる前の年のはずだが、その日のことをわたしはきちんと思い出せない。無理に思い出そうとすると形容のできない音が耳をつんざき、生臭い臭いが鼻を刺し、割れるような痛みが頭を苛む。
 ただ立ち込める異様な空気の中で白いスーツを着た男がこちらを振り向き、一瞬眉をひそめたあとニヤリと笑ったのを覚えている。
 ゆっくりと近づいてきた男は言った。

「貴女は運の良い方だ。私は貴女を尊敬しますよ。運を自分に引き寄せるのもまた、一つの能力ですからね」

 だいぶ後になってから聞いたことだが、彼はその時、犯罪者集団のアジトを爆破するよう依頼を受けて実行していたのだ。非常線が張られて一般人は入ってこないはずだったのに、手違いで封鎖されなかった道を歩いてきたのがわたしと、家族だったという。
 家族は全員死んだ。
 死に顔は見ていない。おそらく形を留めていなかったのだろう。
 激しい衝撃に一瞬気を失ったわたしが次に目にしたのは、わたしを庇うように倒れていた母だった人間の、首のない死体だった。



 身寄りのないわたしは病院で手当てを受けた後、すぐに孤児院行きになった。
 孤児院でのことも、あまり覚えていない。
 たぶん、身体の大きな子供にどつかれ、わずかな食事を奪われ、意味もなく蹴り飛ばされたりしながら、部屋の隅にいたのだろう。
 わたしは、口がきけなかった。
 しかし、孤児院ではそんな子供は珍しくなかった。しょっちゅう奇声を上げたり、何かあるとすぐに部屋を出て走り回るような子供もたくさんいた。「先生」と呼ばれる職員の数は限られていて、粗相をした子供はひどく殴られた。わたしは大人に殴られた記憶はない。たぶん何も言わずただ座っているだけだったので、多忙な彼らにとっては都合がよかったのだろう。

 孤児院に来て二度目の冬が訪れようとしていた頃、とつぜん「彼」がやってきた。
 院長に何か書類と、懐から銀色の時計を取り出して示した。そしてなおも訝しむ院長に、小切手帳に何事か書き込んでちぎって渡した。
 あっという間に院長の表情が変わったのが見えた。

 その日から「彼」はわたしの「父」になった。




 父はわたしのみすぼらしい身なりが気に入らなかったらしく、表通りの洋服店に私を連れて行き、上等な子供服を何枚も購入した。そして同じ通りにある美容院に入り、「このひとにいちばん似合う髪型」を美容師に要求した。
美容師は怪訝な顔をしたが、父の上等な白いスーツを見ると孤児院の院長が見せたのと同じ笑顔を作り、丁寧に私の髪をシャンプーしてハサミを入れた。

しばらくするとそこには、孤児院で誰からも忘れられていたちっぽけな汚い子供、ではなく、注意深く育てられた引っ込み思案なお嬢ちゃん、が立っていた……見た目には。

「お腹は空いていますか」

 父が尋ねた。私は首を振った。本当はひどく空腹だった。孤児院の食事はいつもほんの少しで、それすらも年長の子供に攫われるのが常だった。しかし、ガツガツした意地汚い子供と思われたらまた孤児院に戻されるかもしれない。連れて行かれた店や、父自身の服装から、彼が品の良い振る舞いを好むことは想像できた。

「そうですか。しかし私は女性の買い物に付き合いましたので少々空腹です。食事にお付き合いいただけますか」

 買い物に行ったのは自分の都合のくせに、変なことを言う人だと思った。それが彼の本心だったのか気遣いだったのか、今でもわからない。
 小ぢんまりした静かな店内での食事はひどくおいしかった。つまり、結局わたしは父の提案のままに料理を注文して全部平らげたのだ。




 父の自宅は繁華街からはずれたところにある質素なアパートだった。人通りの少ない寒々した道沿いの、窓の少ない建物。

「どうぞ。今日から貴女はここで暮らすのですよ」

 ドアを開けるとそこは思いのほか広く、部屋がいくつもあった。

「この部屋は東向きですから貴女に適しているでしょう。私は朝日を好みませんし」

 私に与えられた部屋には、ベッドと机、椅子、小さなサイドテーブルがあった。

「これから必要に応じてものを揃えていけばよいでしょう。私の寝室は隣です。その向かいが書斎です。書斎は本や薬品が多いですから、貴女は入ってはいけません。一番奥が居間、食堂、台所、風呂です」

 父は国家錬金術師だった。自分の研究した成果である錬金術を、大衆のためではなく国家―実態は軍―のために使う。
 父の錬金術は軍にとって有用なものであるらしく、父にはしばしば呼び出しの電話がかかってきた。すると父はお決まりの白い三つ揃いを着て帽子をかぶり、でかける。それを彼は「仕事」と呼んでいた。
 父はたまにその白いスーツを血や土で汚して帰ってくることがあった。そういう日は見るからに不機嫌で、帰るなりクリーニングサービスに電話をかけ、汚れた服の洗濯を依頼していた。
 わたしも父の汚れたスーツを見るのは嫌だった。自分の一番はじめの記憶が呼び起されるからだ。吐き気を催して、部屋で布団をかぶる。

 ある時、父はわたしが汚れたスーツを見て気分が悪くなっていることに気が付いた。父はわたしに謝った。そして、自分が不機嫌になる理由も語った。

「……それに、服を汚すのは私の意図にもそぐわない。自分の仕事が完璧なものではなかったという証拠だからです」

 そして、汚れた服を着て帰ってくることはなくなった。朝着ていたのと違う真新しいスーツで父が帰ってくる時、それは忌まわしいものでスーツが汚れてしまった日なのだった。




 父との暮らしが始まってから一年ほど経っても、わたしは言葉を発することができないままだった。父はそのことについて何も言わなかった。が、ある時ふと言った。

「文字を読んでみたいと思いますか?」

 わたしは頷いた。実は、簡単な単語を読むことはできた。たぶん事故に遭う前の家庭で覚えたのだ。孤児院にもごくわずかだが子供向けの本があって、内容を全部覚えるほど何度も読んでいた。もっといろんな本を読めるようになりたいと思った。そうしたら、今は入れない父の書斎に入り、錬金術の本を読んで、父の手伝いをできるかもしれない。そう思うと、なぜかわくわくした。

 本屋で数冊の本を購入した後、父はわたしを連れて文房具屋に寄った。

「読めるようになったらおそらく自分でも書きたいと思うようになるでしょう」

 そう言いながら父はわたしにノートと鉛筆を与えた。父の言うとおりだった。買ってもらった本を何度も何度も読んだあと、わたしはその中で気に入った物語をノートに書き写した。そしてそれだけでなく自分の考えた話や思ったことをノートに書きつけるようになるまでにはそれほどかからなかった。

 わたしは父にそうやって書いた作り話の一つを見せた。父はいつものようにあまり表情を変えることなく顎に指をやって読んだ。そして言った。

「大変興味深い。続けなさい。貴女が自分の『仕事』を持ちたいと思うときに、それは役立つでしょう」

 自分も父のように「仕事」を持つ日が来るのだろうか。その時初めてわたしは、自分の将来のことを考えた。

 何年かぶりに「おはよう」という言葉が口から出たのは、その次の日のことだった。




 父は自宅で料理をする習慣がなかった。昼食と夕食は近所の店に一緒に行って食べた。朝食はパン、チーズ、牛乳。父はしばしば書斎にこもって夜になっても出てこなかったので、そういう時は残り物のパンかリンゴをかじって寝た。

 近所には親切な老夫婦がやっている料理屋があり、父が仕事で家を空けるときにはそこで食事をした。父は前もって十分な食事代を渡していたらしく、代金を請求されることはなかった。老夫婦は父のことはあまり好きでないようだったが(父は慇懃な話し方をするが基本的に世間話のような、要件と関係のない話をしないのでとっつきにくいのだ)、子供好きだったようでわたしのことはかわいがってくれた。

 父は食事のマナーにはかなりうるさかった。また食材や調理方法についての知識も豊富で、聞けば必ず答えてくれた。そんなに詳しいのに自分では料理をしないのはなぜだろう、と時々思うほどだった。

 いつもでかける本屋である時わたしは料理の本を手に取った。それを欲しいと言った時、珍しく父が目を丸くしたのがおかしかった。

 父が料理の材料を買うことも許可してくれたので、わたしは台所に立つことができた。始めにやったことはコンロとオーブンの調整だったが。

 供した料理は、本に書いてある通りの分量で作ったので、父とわたしとで食べるには多すぎた。しかし父は基本を知らなければ応用はできないと言って、次の日もその料理を温めなおして食べた。

 料理を作ることが父に否定されなかったのでわたしは嬉しくなり、毎日台所に立つようになった。本を読む時間、ものを書く時間、学び始めていた計算をする時間は減っていた。しかしある時、久しぶりに読んだ本が面白く、料理をするのを忘れてしまった。わたしは帰ってきた父に、料理を作っていなかったことを詫びた。すると父は言った。

「貴女は、料理をすることを自分の仕事だと思っているのですか」

 わたしは驚いた。父がわたしの料理の腕が上がることを評価しているのは知っていたし、父が外で仕事をしているのなら、わたしも家の中で自分の仕事を作ろうと思っていたところだったからだ。

「私は貴女が趣味として、好奇心発現の一環として料理をするのはよいと思いますが、それが仕事だと考えるのは評価しません。世の中には仕事として家庭内で料理をする方は多くいますが、その方々は家庭の収入から料理に使える費用を考え、その範囲でどのような料理を作るかを考えています。しかし貴女が今行っているのは単なる思い付きです。思い付きでいろいろなことをするのはかまいません。様々な知識と技能を身に着けることは非常に重要ですから。しかしそれは仕事ではない。したがって貴女は今謝罪する必要がないのです」

 謝らなくていいと言われているのに、逆にわたしはなんとなく悲しい気持ちになった。父の言っていることはいつも正しいのに、なぜか時々わたしは悲しい気持ちになってしまう。

 結局わたしたちはまた、近所の料理店で食事をとる暮らしに戻った。




 いろいろと本を読んでいるうちに、もっと知りたいと思うことが増えた。やってみたいと思うことも、そして何か「仕事」をしたいと思うこともまた増えた。そんなある日、父が言った。

「来月から、学校に行っていただきます」

 学校の存在は知っていたが、そこに行きたいと思ったことは一度もなかった。孤児院の凶暴な子供のことが頭に浮かんだ。

「心配する必要はありません。全寮制の小規模な女子校です。学費、寮費、経費の類はすべて払い込んであります。それから、銀行に貴女の名義の口座を作ってありますから、もし必要が生じた場合はそこから引き出してください」

 驚きで固まったままのわたしに向かって父は続けた。

「来月から私は『仕事』のためにイシュヴァールへ軍属として赴くことになりました。これまでのように数日で終わる仕事ではありません。かなり遠方ですし。この部屋は封印します。貴女も入ってくることはできません」

 わたしに反論する権利はなく、父はわたしに意見を求めるつもりはなかった。

 それからしばらく、わたしたちは以前とあまり変わらない日々を送った。仕立て屋で学校で着るための服を何枚か注文し、指定の鞄や筆記用具を購入した。

 父は気分が高揚しているようだった。同居する娘のことではなく、おそらく今度赴任する地での「仕事」に期待しているようだった。

 父が赴任を心待ちにしているイシュヴァールとはどんなところなのか、興味を持ったわたしは通りの売店で新聞を買った。「殲滅戦に国家錬金術師を投入」とあった。

 殲滅とはどういうことか。辞書を引き、言葉の意味はわかったが、そこで父が何をするのかはよくわからなかった。だがそこでもこれまでのように、依頼された「仕事」を「完璧に」「美しく」やり遂げようとするのだろうと思った。




 わたしが学校の寮に入ったのは、父が出立する前日だった。

 見送りをしたいと思っていたが、「その必要はありません」と簡潔に断られた。

「私は仕事をしに行くだけですよ。そこで運が悪ければ死ぬし、そうでなければ生きて戻るでしょう。それだけのことです。初めて会った日、貴女は大きな災厄に見舞われながらも生き延びていました。私はその事実を尊重したいと思いました。貴女はこれからさらに学び、自分の仕事をみつけ、それをやり遂げるでしょう。私もそのつもりです」

 校門から寮までの長くない道のりで、父はそう言った。ふと、この人は、わたしのことを娘とは思わなくとも、同じ思いを共有する者として扱っているのだと思った。未だに、父の「仕事」が実際には何をすることなのか、どうしてそれを選んだのか、わたしは知らなかった。けれども、自分もまた、何かしら「やり遂げる者」として生き延びていきたいと思った。




 寮の入り口で寮母にわたしを引き渡し、父は立ち去った。実のところ、それまでに父に「おとうさん」と呼びかけたことは一度もなかった。

「おとうさん」

 叫んだつもりだったが実際は小さな呟きが出ただけだった。

 父は振り向かずに歩きながら、被っていた白い帽子を軽く掲げた。






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Twitterで「キンブリーさんに娘がいたら」という話が出て激しく萌えてしまい、勢いで書きました。その割にやたら長い……。
過去捏造どころかもうほとんど自分の脳内キンブリーさん話です。
原作18巻あたり読んでるとキンブリーさんの見事な悪役っぷりに感動するわけですが、エドたち子どもに対して上から目線じゃない数少ないオトナだったり。
もう大好きですキンブリーさん!

 

 
 
2011.12.18 Sun l 二次創作 l コメント (0) l top
 リザの肌は美しい。細やかな肌理、透明感と両立する頬の赤み、上質の磁器を思わせる滑らかな艶。 いつでも触れていたい、と思わずにはいられない。
 しかし、その状態を保つにも努力が必要なのだというのが本人の弁だ。実際、リザは多忙にも関わらず(ロイと二人きりになる時間だって業務外では滅多にないのだ!)、新しい成分の入った化粧水だの、同僚女性に教わったという謎のマッサージ(これはもう百年の恋も冷めそうな表情になるのでとにかくやめてくれとロイは懇願した)だのをちょこちょこと試しているらしい。

 そして、今日。ロイは非番であり、リザは夜勤からの午前勤務で昼には戻る。許可を得て鍵を開け、一足先にリザのベッドでまどろんでいたロイはふと、リザのドレッサーの上に置いてあるチューブに目を留めた。
 リザは普段、化粧品の類は全て引き出しにしまいこんで、ドレッサーの上にはヘアブラシくらいしか置かないのが常であった。誰かにもらってそのままにしていたのか。
 通常、ロイは、リザの私物に関心を払うことはないのだが、なぜかそのチューブには興味を惹かれた。
 チューブのラベル表面には、化粧品の類にはよくあることだが、クリスタルだのホワイトだのマジカルだのリペアだの 、女性に余計な期待を抱かせそうな文言が散りばめられている。散文的に成分表示を見ようと裏返したロイの目に、とある文字が目に入った。

「パック」

 パックというのは確か、粘度の高いクリーム状のもので、それを顔じゅうに塗って暫し置いて乾かしてからはがすと、有効な成分が肌にしみ込むと共に 老廃物を取り除く作用のある化粧品だ。先日何かの折にファルマンが解説していた。

―自分も、やってみようか。

 ロイは後々まで、そのような思いつきに至った自分の思考回路を責めたものだ。しかしいかなる未来が自分に降りかかるか、この時のロイには思い至るはずもない。
 チューブのキャップをねじると、白い内容物が見えた。チューブに力をこめるとほどなく、ぬめりのあるクリームがにゅるり、と出てきた。

「痛まず、しまず」

 そんな宣伝文句があったような気がするが、はて、何の軟膏だったか。
 長い中指の第一関節ほどまで軟膏、もといクリームを押し出すと、ロイはそれを自分の頬に載せてみた。意外になじみの悪いそれは、やや力をこめて塗りつけないと肌に定着しない。なめらかなリザの肌であれば違うのだろうか。
 これをうまく塗るのはどうしたらいいのか。ロイは延ばしたり叩いたり、いろいろ試した。そのうちに、クリームは顔中に広がってしまった。
 やがて、冷んやりとした感覚と薄皮が張り付くような感触とが顔中を覆った。子どものころに近所の左官屋が漆喰を塗るのを手伝った時のことを思い出す。さらにそれに関連して違う記憶が頭をよぎったが、その不吉な記憶については急いで元の場所に押し戻した。
 乾くには時間がかかるようだ。自分の家でもないここでは、特にやることもない。ロイはベッドに転がり、持参した本に目を通し始めた。

 ***

 がちゃり、という音に、ロイは目を覚ました。またうたた寝してしまっていたようだ。疲れて帰ってきたであろうリザを出迎えようと、玄関に向かった。

「遅くなりました」

 リザは笑みを浮かべながらロイの方を見た……そしてその途端に持っていた鞄を取り落とし、すかさず銃を構えた。

「ちょっ、中尉……!?  違う違う、私だっ」

と、言ったつもりだったが、実際はくぐもった声がフガフガと出ただけだ。
 それでもリザはその情けない声がロイのものであると理解したらしく、銃をしまった。そしてその場にへたり込んだ。

「中尉……?」

 屈み込んだロイはリザの肩が小刻みに動いているのに気がついた。顔を上げたリザはロイの顔を見るなり、再びうつむいた。くっ、くっ、と、必死に笑いをこらえながら、耳まで真っ赤にしている。
 ことここに至ってやっと、ロイは自分がひどくみっともない姿になっていることに気がついた。

―しまった。
―まずは事情を説明せねば。
―しかし事情とは何だ?

 いや、とにかくこの顔面を覆っているものをはがすのが先決だ。
 ロイは額に貼りついた「パック」をつかんで勢いよく下向きにはがした。

「イデデデデデデ!!」

 一緒に顔の皮もはがれたのかと思うような激痛が走った。しかしまだ「パック」は半分しかはがれておらず、 思わずもれた声も間抜けなままだ。  
 リザがもう一度顔を上げて、ロイに手を伸ばした。目尻に涙が滲んでいる。ベッドではなくこんなところでリザの涙を見ることになるとは。

「た、大佐……パックは、下からはがすんです……く、く、く」

 リザは若干目をそらしながら、ロイのあごの下に貼りついている「パック」をつまみ、引っ張り上げた。

「ゔああああああ!」

 ついに「パック」ははがれた。そのはがれた白いものを見て、ロイは肩を落とした。

―これは私のデスマスクか?

 それに追い打ちをかけるようにリザの声がかぶさった。

「大佐……ま、眉毛が少し……抜けてます」

 ***

 翌朝、ロイは誰にも会わないよう早朝に出勤した。そしてリザに、今日は重要な報告書の取りまとめがあるから用件はすべてリザを通すよう関係者に伝えさせた。
 しかし、ロイが信頼する部下の中には、空気を読まない人間というのがいるのである。

「大佐~! すいませんこれ、至急でサインいただきたいんすが」

 ノックもせずにいきなり駆け込んできたのはやはり、ハボックだった。そして毎回のことだが、余計なことを言う。

「あれ?大佐、顔が……なんかマダラっすよ? あと……眉毛剃ったんですか?」

 ロイは何も言わずハボックの前髪を焼いた。





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某所にて、私がかつて弟にした仕打ちについて語った折、フーセンガムでパックをした、という話がバカウケしまして、メンツがロイアイクラスタの方々でしたので当然そちらへ話が流れて行った結果がコレです。
従いまして、文中登場する「不吉な記憶」とは、ロイがご幼少のみぎり、酒場のおねーたまにやられた仕打ちであります…そのへんは今回入れられなかったのでいずれまたw
なお、「痛まず、しまず」はご存じの方も多いと思いますが、某痔疾専門薬局のコピーであります。

ところで真っ白い顔面の男がいきなり寝室から現れた時、リザさんは超怖かったと思います…ふびんだ。
2011.10.24 Mon l 二次創作 l コメント (0) l top
 リザから受け取った電話でしばらく話した挙句、ガチャリと受話器を置いてロイは頭を抱えた。

「何で私が……!」
「どうされました」
「天気予報を頼まれた! これから三日肩代わりしろだと!」

 ロイの悲壮な表情とは対照的な、淡々とした口調でリザが応えた。

「しかしデータは担当部署から来ますし、大佐は広報だけでしょう」
「だから! 私の名前が出ることが問題なんだ!」

 ロイが叫んだところで、執務室のいつものメンバーが加わった。

「確かに、大佐の名前で出た予報が外れたらかっこ悪いすね。ハハ」
「ハボック、笑うな!」
「現在担当されてる方の予報は大変精度高いですよ」
「む……」

 ファルマンの言葉が火に油を注いでしまったようだ。



 それから二日間、マスタング組は気象担当からのデータをさらに精査させられることになった。ただでさえ忙しいところに余計な仕事が増えた部下たちからは当然ながら非難轟々だ。

「ったく、俺らにわかるわけねえよな」
「聞こえてるぞブレダ」



 普段の担当官の部下たちが優秀なのか、あるいはマスタング組の悲鳴が天に届いたか、予報は順調に当たった。

 そしてやっと、最終日がきた。


 
 最初は聴衆のいないスタジオの中でマイクに向かって話すということに戸惑ったロイだが、ラジオ放送での話し方のコツも身についた気がしている。普段なら眠気に負けそうになる早朝だが、朗々たる声でスピーカーの向こうにいるはずの市民に話しかける。

「みなさんおはようございます。東方司令部、気象予報官代理ロイ・マスタングです。本日の東部の天気についてお知らせいたします。本日、東部地方は曇りのち一時雨。繰り返します。東部地方は本日曇りのち一時雨の予報となっています。どうぞみなさん、お洗濯など十分ご留意ください……」

 思わず余計なことまで付け足して、意気揚々と放送局から戻ったロイに、フュリーが真っ青な顔で告げた。

「大佐……データが間違ってました。今日は一日曇りです。雨は降りません!」
「な、何だと?!」

 執務室は騒然となった。



「今から戻って、訂正放送を流しましょう」
「イヤだ」
「ええーっ?!」

 ロイはリザに厳かに命じた。

「中尉、施設管理部と交渉して、午前中のうちに30分間練兵場を借りてきてくれ。今日は特に練兵場での演習予定はないはずだ」
「……了解しました」

 リザがこめかみをぴくぴくさせながら出て行った。

 ロイのほうも、「15分で戻る」と言い捨てて図書室に籠ったかと思うと、手に何やらメモを数枚持って戻り、部下たちに突き出した。

「いいかハボック、この錬成陣を白線で描き出すんだ。フュリー、撮影記録部に仲のいい技師がいただろう。これを分けてもらってこい」



 一時間後、巨大な錬成陣が練兵場に出来上がった。施設管理部の担当官と思しき人物が飛んできたが、ブレダが何やら話し込んで止めた。

「よし。若干歪んでいるがまあ問題ないだろう。フュリー、そいつをここへ置け」

 マスクと手袋をしたフュリーが、用意した薬品を紙袋からぶちまけた。黄色っぽいその粉は、見る間に黒っぽく変わっていく。

「うむ。皆、下がっていろ」

 ロイは錬成陣を発動させた。青白い錬成光が走ったかと思うと猛烈な上昇気流が巻き起こり、白っぽい煙が上空に昇っていった。
 やがて、のっぺりと薄雲がかかっていた空に、明らかにそれとは違うもくもくとした黒雲が現れたかと思うと、いきなり激しい雨が振り出した。

 濡れるのも構わず、ロイが高笑いする声が聴こえる。

「あはははは!! 私の天気予報は絶対当たるのだ~!」



「大佐。イーストシティ西部地域管轄の部隊から応援要請が来ています」

 ロイが天気予報を無理やり的中させた翌日、リザが氷のような声でロイに書類を渡した。

「応援要請って……殺人犯でも出たのか」
「いいえ。用水路が昨日の大雨で決壊してそちらの復旧に人員を取られているため、警護要員を回してほしいとのことです」
「大雨……」
「それから。撮影記録部から、ヨウ化銀の購入費用について特別稟議が来ています」

 リザはロイの反応を無視して淡々と告げた。

「むむむ……。仕方ないな。ハボック。西部の応援に行く人員のピックアップを頼む」
「大佐ぁ。ハボックは昨日びしょ濡れで練兵場の後始末やったんで熱出して宿舎で寝てますぜ」

 ブレダが振り向きもせずに言った。ロイは頭を垂れた。



 あちこちに謝り倒して業務にけりがついた頃には、もう深夜になろうとしていた。ハボックが心配だというブレダをはじめ、部下たちを先に帰らせた執務室には、ロイとリザしかいない。

 最後の書類にサインをして、ロイは独り言のようにつぶやいた。

「中尉……昨日……と今日はすまなかった」
「私におっしゃってどうするんです。きちんと皆をねぎらってください」

 ふと窓の外に目をやると、静かに雨が降っている。

「もともと今日降るはずだったんだな」
「そうですね」
「……そろそろ帰るか」
「はい」

 リザが書類をまとめ、立ち上がった。

 雨の音が部屋の隅々に広がった。





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「イタリアでは空軍大佐が天気予報を発表する」(気象局が空軍の管轄だから)というお話をTwitterで伺ってそこから妄想してフォロワーさんに垂れ流したお話。今回再録するにあたってかなり加筆しておりますが、要するにわりとお約束の軍部ドタバタ話であります。
イーストシティ全体に雨を降らせるのには実際はどの程度のヨウ化銀が必要なんですかね……

2011.09.03 Sat l 二次創作 l コメント (0) l top
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