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「おや、もうそんな季節ですか」

散歩の途中、父は店頭に目をやり、林檎を数個買った。

「紅い玉、と呼ぶ国もあると聞いたことがあります。美しい果物ですね」 



帰宅すると父はすぐにキッチンに立ち、ペティナイフを取り出してくるくると器用に皮を剥き始めた。父の白い指が真っ赤な林檎を回しながら、魔法のようにナイフを操ってまったく途切れることなく皮を剥いていく。そして父の指と同じくらい白い身が現れる。

「本当は皮が最も栄養価が高いと言われていますが、舌触りが好きではないのですよ」 

聞いてもいないのにそんなことを言いながら、父は渦状に剥けた林檎の皮をティーポットに入れた。

「アップルティーもたまにはよいでしょう」 

そして残った本体にナイフを入れて小さく切り分け、小鉢に並べ、小さなフォークを二つ取り出した。

「お茶を沸かす間に少し食べましょう。時間が経つと色が変わってしまいますからね」 

ダイニングチェアに腰掛けて、父は林檎にフォークを突き刺して取り出した。 
わたしはと言えば、父が皮を剥いていた時からずっと、わくわくしていた。それで思わず、父が渡してくれるのを待たずに首を伸ばして父の持っていた林檎を食べてしまった。 
父は目を丸くした。

「行儀が悪いですよ」 

しまった、とわたしは首をすくめた。父は食事の作法にうるさいのだ。ところが、

「でも……餌付けしているみたいですねえ」 

父はくっ、と小さく笑った。 
わたしは驚いて、林檎を飲み込むのも忘れてしまった。

「さあ、自分の椅子におかけなさい。お湯が沸いたようですから、お茶を淹れましょう」 




次の日、朝食後に父が紙袋からまた林檎を取り出した。わたしは両手を出した。

「おや、貴女が剥くのですか。……やってみますか?」 

父は取り出した林檎をいったん袋に戻し、もっと小ぶりのものを持ってきた。 
踏み台に立って、わたしは林檎を剥き始めた。実際のところ、林檎の皮を剥くのは始めてだった。孤児院では、庭に成った小さい酸っぱい林檎を他の子どもに取られないように取って急いでガリガリ囓っていたのだ。 
でも、父のように滑らかに魔法のように、するするとナイフを使ってみたかった。

「……!」 

当然のことながら、そんなことはできなかった。あっという間に皮はちぎれてシンクに落ちた。おまけにナイフが親指に少し食い込んで血が出た。

「どうしますか? 今日はやめにしますか?」 

血の滲んだところを舐めているわたしに父は尋ねた。
わたしは首を振った。

「そうですか。では少しヒントを。力を入れるのはナイフを持つ手ではなく、林檎を持つ方の手です。そして親指のところまでナイフを持ってくるつもりで動かすといいでしょう」 

父の言う通りに手を動かすと、先ほどよりは長く皮が剥けた。 
その後も何度も皮がちぎれて落ちた。父のようにできなくて、わたしは悔しい気持ちでいっぱいになった。涙がこぼれた。父は何も言わずにわたしが剥き終えるのを待っていた。 
わたしが剥き終えた林檎は、もともと小さかったのに、いっそう小さく、いびつな形になっていた。父はそれを小さく切り分けて、前日と同様に小鉢に並べ、フォークを取り出して持ってきた。 

テーブルに林檎を置いて、父とわたしは並んで座った。
フォークに林檎を刺して、父がわたしに手渡した。わたしはまだ悔しい気持ちのままで、林檎を口に運ぶ気になれず、じっと眺めていた。 
すると突然、父が顔を出して、その林檎をぱくりと食べてしまった。

「これで、おあいこです」 

父はわたしの顔を覗き込んで、にこりともせずに言った。

それから二人で林檎を食べた。昨日のよりも堅くて酸っぱかった。
アップルティーも淹れられるようになろうと思った。





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Twitterでおじさんネタが出回っていたそうで、目にした途端私も爆死しまして、その勢いで書きました。ともさんありがとうございました。
もとネタでは蜜柑になってましたが、アメストリスには蜜柑はなさそうなので、林檎に変更しました。紅いし、キンブリーさんぽいよね!とか勝手にこじつけ。
最初もっと甘々になりそうになって、必死で踏みとどまりました。もとネタが甘々なので仕方ないんですけど、あんまり甘ったるいとキンブリーさんじゃなくなっちゃう!
2012.01.15 Sun l 二次創作 l コメント (0) l top