上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- -- l スポンサー広告 l top
 あの方が到着したとき、私は心の準備がまるでできていなかった。
 こちらに来ると告げる手紙が届いてから数日しか経っていなかった。
 こんなに早く会うことになるなんて。新しい服を仕立てる時間も、最新の化粧法を教わる時間も取れず、ただ髪を念入りに結い直してもらって、応接間に立ち尽くしていた。
 そこへ待ち人を案内する臣下の声が聞こえて、やがてドアが開いた。

「ようこそお越しくださいましタ……お待ちしておりましタ」

 すぐに走り寄って抱きつきたかったのにそれができずに、月並みな歓迎の言葉を述べるだけの私を、あの方は少し不思議そうに見て、それから決して忘れることのなかった笑顔で茶目っ気たっぷりに挨拶した。

「お久しぶりですメイ殿下。アルフォンス・エルリック到着いたしました」

 何だかわからない感情がせり上がってきて、涙がこぼれそうになるのを私は必死でこらえた。あの方は最後に見たときよりもずっと背が伸びて、やせ細っていた体もがっちりと筋肉がつき、砂漠を越えて日焼けしたせいなのか、少年というよりはすでに青年の面立ちだった。ただきらきらと輝く金の瞳と、同じ色の短くそろえられた髪は変わっていなかった。限りなく優しく見えるその微笑みも。

 聞けば、こちらに向かうとの知らせの手紙を出したのは、出立よりもだいぶ前だったという。国交が回復して通商も郵便も復活したとは言っても、まだまだその程度なのだ。大きな政変に見舞われたあの方の国と、あの方の兄と同い年の皇帝が立ったばかりの自分の国と。隣り合っていながら、二つの国はとても遠い。

 それでも、あの方は来てくれた。
 私を迎えに来たわけではないけれど。



 錬丹術を学びに来たはずのあの方には、連日、皇帝からの使いが来た。食べきれないほどの料理でもてなされなて、かの国の現在の情勢を根掘り葉掘り聞かれたと、あの方は笑った。

「僕は兄さんと一緒にずっとリゼンブールにいたから、国がどう変わったかなんてあまりわからないんだけどね。こんなことなら出発する前にマスタング准将に教わっておけばよかったかな」

 そんな必要ないのに。あなたは私のお客様です、私とだけお話ししてくださればいいんです。昔ならきっとそう言えたのに、どうして今は言えないんだろう。



 しばらくしてやっと、皇帝からの呼び出しがなくなった。のんびりと暇そうに見えるあの異母兄にもいろいろとやることがあるらしい。

「メイだって一族や領地のためにいろいろ走り回ってるじゃないか。リンは広い国全体のことを考えなきゃいけないんだからもっと忙しいんだよ。偉い人はせかせか忙しそうに見せちゃいけないんだってさ。兄さんが言ってた……サボってばっかりいるように見せて、いつのまにかすごいことをしてたりするんだって」

「せかせかしててすみませんネっ。今日は書庫にお連れしようと思ってたんですけド」

「わわ、ごめんごめん。メイが偉くないとか、そういうこと言ってるんじゃないんだよ」

 金色に光る髪をわずかに揺らしてあの方が笑う。それを見たら誰でも心を許してしまいそうな笑顔。大好きな笑顔。
 それなのに、胸が痛い。

 見透かされないように背中を向けて歩く。そのまま書庫の戸をあけて、棚にある古い巻物をいくつか取り出す。
 顔を見ないで、目を合わせないで。

「錬丹術でハ……知識の取得だけでなく、大地の気脈を感じ取ることが大切でス。山にこもって修業する方も多いでス」

「じゃあ僕も修業したほうがいいかな」

「基本的な考え方は読んで身に着けたほうが早いかもしれませんネ。でもそのためにはこの国の言葉と文字を学ぶ必要がありまス」

「わ、そこからか……いや当然だよね。うん、何をやらなきゃいけないかだんだんイメージがわいてきたよ」

 少しあの方の声の様子が変わったような気がして、私は思わずそちらを向いてしまった。
 あの方は真剣な顔で、巻物の図案を指でたどっていた。
 あの眼差しをどこかで見たな、とふと思った。

 寒い北の山の中で錬成陣を一緒に解読していたとき。
 それから、
 兄の右腕を取り戻すために、真理の扉へ送ってほしいと、私に言ったとき。

 鎧の姿だったけれど、その眼の強い輝きは、確かにここにいるこのひとのものだった。
 
 ああ。
 私は今のこのひとのことが好きだ。

 きっとみんなが知っている優しい眩しい笑顔のあの方ではなくて。



 気配に気づいて、あの方が顔を上げてこちらを見た。私は急いで目をそらした。

「あ、あの、アル様はなぜ錬丹術を学ぶことにしたんですカ?」

「んー、それはね……いや、メイには話さなきゃいけないよね。僕の師匠だからね……」



 あなたはきっと、私から学びたいことがたくさんあるのですね。
 私にも知りたいことがあるのです。
 本当のあなたのこと。
 一生かけても、知りたいのです。







--------------------
元ネタは、Perfumeの「シークレットシークレット」。
以前からとても好きな曲でしたが、エドウィンとかロイアイとか、付き合い長い系のカップルにはちょっと合わないよね、と思っていたところ、ある日すずめさんのお話にインスパイアされて「そうか、アルメイか!」とw
メイちゃんなら力いっぱい乙女でもいいですよね……?
スポンサーサイト
2012.02.08 Wed l 二次創作 l コメント (0) l top
 父の書斎からは、時々奇妙な匂いがした。悪臭と言ってよかった。もう少し匂いの濃度が高ければ、階下の住人から苦情が出ていただろう。しかし、ごくわずかなその匂いは、わたしにとっては父が同じ家の中で何かをしていることの証しであり、いうなれば心地よいものであった。

 その日も、父の部屋からは例の匂いがした。この匂いは、どうやって作られているのだろう? 父の書斎に出入りすることは禁じられていたが、わたしはどうしても確かめてみたくなった。

 書斎の白いドアをそっと開けると、父の背中が見えた。

 父は、白い丈の長い上衣を着ていた。しかしそれは、出かけるときに羽織っているコートとは違うものに見えた。光沢はなく、父の持っているどの服よりも白かった。父の好みの表れだろう、ふだん着ているワイシャツ同様きつめに糊が効いているようだった。
 その上衣を「白衣」と呼ぶことを知ったのはだいぶ後のことだ。

 父は楽しげだった。
 鼻歌さえ歌っていた。

 わたしと散歩に出るときよりもずっと楽しそうに見えて、わたしは少し不機嫌になった、が、そのまま父の様子を伺っていた。
父は、白い―白衣と同じくらい白い―小鉢に真っ黒何かのかけらを入れて、同じく白くて先のまるい棒でそれを挽いていた。
 棒を動かしたり、鉢のほうを動かしたり、しばらくすると父は粉になった黒いものをひとつまみ取り、指先ですり合わせ、わずかに頷いた。
    そして栗の実ほどの黄色い石を取り出し、机の上にある紙の上に置いて白い棒で叩いて割り欠片を先ほどの白い鉢に加え、同じようにすり潰した。
   机の上には茶色の奇妙な丸い箱があった。父は鉢の内容物をその箱に移し替え、さらに棚から大きめのガラス瓶を取り出し、ピンセットで瓶の中の白っぽい石をつまんで棚にある小さな天秤秤に載せた。首を傾げて石を取り替え、やがて天秤が水平になったところでそれを茶色の箱に加えた。そして先ほどの白い棒に代わって木のやや大きな棒を持ち出し、再びすり潰し始めた。

   父の様子がよく見えなくなって、わたしは身を乗り出した。

「覗き見は行儀が悪いですよ。用事のある時にはノックしてください」

   父が振り向かずにそう言って、わたしはビクリと身体を震わせた。すみません、と口に出そうとした時、再び父が口を開いた。

「ドアが開いたままだと、湿度が変化してしまうのです。お入りなさい」

   わたしはドアを閉め、部屋の中に入った。

   父の書斎に足を踏み入れるのは初めてだった。
  部屋の中は、壁も天井も机も窓枠もそこにかかるカーテンも白く、薬品や実験器具と思しきものの入ったガラス張りの棚も白く、ただ薬品や奇妙に光る石たちと、数えきれないほどの父の蔵書が色を持っているのみだった。

「おかけなさい」

   本棚の前に白い木製のスツールがあった。わたしは黙ってそこに座った。

   父は別のガラス瓶から透明な液体を試験管に注いだ。

「ただの蒸留水ですよ」

   そして目盛りを確認し、先ほどの茶色の箱にそれを注いで、木の棒で再びかき混ぜ、ふと首を傾げてそこにあった鉛筆を手に取り紙に何やら書きつけた。
やがて、箱を机に置き、同じ色の蓋をして、父は振り向いた。

「気温、湿度、不純物の割合……それらによって生成物の性質は微妙に変化してしまいます。そのこと自体が参考になると言えなくもないですが、科学においては再現性が重要ですから、検証したい事項以外の条件はできる限り同一にせねばならない。人間は熱源であり呼気には水蒸気が多く含まれますので、不確定性を増す要因になりやすいのです」

   わたしは再び謝ろうとした。が、父は続けた。

「おわかりいただければ結構です。禁止されればなお知りたくなる。神話の時代から当たり前のことを失念していました」

 そして腰に手をやって首を回した。

「私も少々根を詰めすぎてしまったようです。せっかくですから面白いものをお見せしましょう」

   父はガラス棚の所へ行き、大きな薬瓶から半透明の黄色い石を取り出した。 先ほど白い鉢ですり潰していたのと同じもののようだった。

「これは硫黄の結晶です。美しいでしょう。かなり不純物が少ない。 国内ではクレタ国境の火山からしか採れない貴重なものです」

  父はその結晶を人差し指と親指で挟み、窓からの陽射しにかざして見せた。

「黄色い石…と思っているでしょう。そうではないのです」

   父は再びガラス棚に行き、透明な液体が入った平たいガラス瓶と金属の板を取り出した。瓶の中には白い太い紐が入っている。
    机の上にそれらを置き、父はマッチでガラス瓶の紐に火をつけた。暗い青い炎が上がった。そして金属板に黄色い石を載せ、ペンチで板を挟んで炎にかざした。 
   しばらくするとジッと音がして、石が融け始めた。驚くことに、黄色い石は融けると血のように紅い液体になるのだった。父は私の表情を見て頷き、金属板を皿に置いてそこにマッチの火を近づけた。
   青い炎が上がった。
 
「硫黄の純度の高い結晶は黄色ですが、高温で融解すると紅い液体になります。それを燃やせば青い炎が出る…状況次第で一つの物質が様々な顔を見せる。美しい」 
 
   しかしすぐに父はその火を消した。理由はすぐにわかった。ツンと鼻の奥に刺激がきて、目が痛くなった。
 
「失礼。硫黄を燃やして発生する気体は身体によくないのです。硫黄は大変有用なのですが、その化合物は人体に悪影響を及ぼすことが多い。まさに等価交換の法則によく従っているとも言えますが」

   父は再びガラス棚へ行き、茶色い小瓶から小さな黒い粒を数個取り出して紙に載せた。そして金属板でそれを挟んで叩いた。
   小さな乾いた破裂音が響いた。それと共に時折嗅いだことのある腐臭がわずかに漂った。

「この匂いも硫黄由来のものです。私が先ほど作っていたものは最終的にはこうなります。まあ、実際には錬成しますけれど、出来上がりを想定しないで錬成などできませんからね。我々を魔術師と勘違いしている連中にはそれはわからないでしょうが……」

   そこまで話して父は口をつぐんだ。話し過ぎたと思ったのかもしれない。わたしはと言えば、父の言っていることがまるでわからなかったので、黙っていた。

「さて」

  父はわたしの頭に手を置いた。

「休憩は終わりです。日が暮れたら夕食に行きましょう。それまでは作業をさせてください」

  わたしは頷いた。何しろ初めて父の書斎に入ることができたし、よくわからない匂いの元を見ることができたーどうして臭いのかはさっぱりわからなかったが。

   リビングに戻り、わたしは久しぶりに絵を描いた。白い部屋の中で白い上衣を着た父が、黄色い石と紅い液体と黒い粒を自在に操っている絵だ。
   日が暮れるまで、わたしは飽きもせずに何枚もその絵を描いていた。 




--------------------
飽きもせず、って自分のことですがきんぱぱシリーズです。お題はずばり「白衣で実験してるきんぱぱ」w
元々激しい白衣萌えなのですが、キンブリーさんと言えば白スーツというわけで白衣を着せる発想が出てこなかった自分を激しく反省w そして化学ネタになったので実験描写がしつこくてすみません。趣味です。
キンブリーさんが乳鉢でゴリゴリやって作ろうとしていたのは黒色火薬です。黒色火薬が爆発すると硫化水素が発生するので臭いのでありますw
そして硫黄を燃やすと発生するのは二酸化硫黄でして、これは容易に水に溶けて硫酸になります。なので目や鼻にツーンとくるとw
それにしても硫黄って賢者の石っぽいなあ……硫黄は多様な化合物を作るそうなので歴史上の錬金術でもきっと大きな役割を果たしたのでしょうね。

2012.01.23 Mon l 二次創作 l コメント (0) l top
「おや、もうそんな季節ですか」

散歩の途中、父は店頭に目をやり、林檎を数個買った。

「紅い玉、と呼ぶ国もあると聞いたことがあります。美しい果物ですね」 



帰宅すると父はすぐにキッチンに立ち、ペティナイフを取り出してくるくると器用に皮を剥き始めた。父の白い指が真っ赤な林檎を回しながら、魔法のようにナイフを操ってまったく途切れることなく皮を剥いていく。そして父の指と同じくらい白い身が現れる。

「本当は皮が最も栄養価が高いと言われていますが、舌触りが好きではないのですよ」 

聞いてもいないのにそんなことを言いながら、父は渦状に剥けた林檎の皮をティーポットに入れた。

「アップルティーもたまにはよいでしょう」 

そして残った本体にナイフを入れて小さく切り分け、小鉢に並べ、小さなフォークを二つ取り出した。

「お茶を沸かす間に少し食べましょう。時間が経つと色が変わってしまいますからね」 

ダイニングチェアに腰掛けて、父は林檎にフォークを突き刺して取り出した。 
わたしはと言えば、父が皮を剥いていた時からずっと、わくわくしていた。それで思わず、父が渡してくれるのを待たずに首を伸ばして父の持っていた林檎を食べてしまった。 
父は目を丸くした。

「行儀が悪いですよ」 

しまった、とわたしは首をすくめた。父は食事の作法にうるさいのだ。ところが、

「でも……餌付けしているみたいですねえ」 

父はくっ、と小さく笑った。 
わたしは驚いて、林檎を飲み込むのも忘れてしまった。

「さあ、自分の椅子におかけなさい。お湯が沸いたようですから、お茶を淹れましょう」 




次の日、朝食後に父が紙袋からまた林檎を取り出した。わたしは両手を出した。

「おや、貴女が剥くのですか。……やってみますか?」 

父は取り出した林檎をいったん袋に戻し、もっと小ぶりのものを持ってきた。 
踏み台に立って、わたしは林檎を剥き始めた。実際のところ、林檎の皮を剥くのは始めてだった。孤児院では、庭に成った小さい酸っぱい林檎を他の子どもに取られないように取って急いでガリガリ囓っていたのだ。 
でも、父のように滑らかに魔法のように、するするとナイフを使ってみたかった。

「……!」 

当然のことながら、そんなことはできなかった。あっという間に皮はちぎれてシンクに落ちた。おまけにナイフが親指に少し食い込んで血が出た。

「どうしますか? 今日はやめにしますか?」 

血の滲んだところを舐めているわたしに父は尋ねた。
わたしは首を振った。

「そうですか。では少しヒントを。力を入れるのはナイフを持つ手ではなく、林檎を持つ方の手です。そして親指のところまでナイフを持ってくるつもりで動かすといいでしょう」 

父の言う通りに手を動かすと、先ほどよりは長く皮が剥けた。 
その後も何度も皮がちぎれて落ちた。父のようにできなくて、わたしは悔しい気持ちでいっぱいになった。涙がこぼれた。父は何も言わずにわたしが剥き終えるのを待っていた。 
わたしが剥き終えた林檎は、もともと小さかったのに、いっそう小さく、いびつな形になっていた。父はそれを小さく切り分けて、前日と同様に小鉢に並べ、フォークを取り出して持ってきた。 

テーブルに林檎を置いて、父とわたしは並んで座った。
フォークに林檎を刺して、父がわたしに手渡した。わたしはまだ悔しい気持ちのままで、林檎を口に運ぶ気になれず、じっと眺めていた。 
すると突然、父が顔を出して、その林檎をぱくりと食べてしまった。

「これで、おあいこです」 

父はわたしの顔を覗き込んで、にこりともせずに言った。

それから二人で林檎を食べた。昨日のよりも堅くて酸っぱかった。
アップルティーも淹れられるようになろうと思った。





ーーーーーー
Twitterでおじさんネタが出回っていたそうで、目にした途端私も爆死しまして、その勢いで書きました。ともさんありがとうございました。
もとネタでは蜜柑になってましたが、アメストリスには蜜柑はなさそうなので、林檎に変更しました。紅いし、キンブリーさんぽいよね!とか勝手にこじつけ。
最初もっと甘々になりそうになって、必死で踏みとどまりました。もとネタが甘々なので仕方ないんですけど、あんまり甘ったるいとキンブリーさんじゃなくなっちゃう!
2012.01.15 Sun l 二次創作 l コメント (0) l top
 父、ゾルフ・J・キンブリーに引き取られてから数カ月が経った頃、街はすっかり真冬の装いとなっていた。
 とは言っても、わたしが家を出るのは食事のためにアパート近くの料理屋に行くときと、数日に一度の午前中の散歩だけで、その際はいつも父に手を引かれていた。

 いや、引かれていたというのは語弊がある。

 わたしはいつも自分から父と手をつないでいたのだ。

 父の手は父の顔と同じく、白く滑らかで、やや筋張った長い指の先の爪を、父は小まめに鑢で整えていた。冷んやりしたその指先に触れていても温もりが伝わってくることはほとんどないのに、なぜかわたしは必ずその手につかまった。  

 

「今日はよい天気ですね。外に出ましょう」

朝食の後父が言った。確かにここ数日冷たい雨が降って、街はいかにも陰鬱な雰囲気に覆われていたのだ。
いつものように父の手につかまり道を歩いていると、何だか雰囲気が違う気がした。ちょっと浮ついているような。
天気が良くなるだけで、こんなに皆嬉しいものなのだろうか。

しばらく歩いたところで、ふと父が立ち止まった。

「そういえば……」

 父は口元に手をやって少し考える仕草をしたあと、わたしの方を振り向いて言った。

「年が明けていました。新しいお茶を買いましょう」



 自宅に戻った後、父は早速買ってきた新しい葉でお茶を淹れた。
 父のティーカップは模様のないシンプルなものだが、口が大きくやや平たい形をしていた。

「血のように紅い。まさに紅茶と呼ぶに相応しい。美しく香り高い茶ですね」

 満足そうにつぶやいた後、父は立ち上がって戸棚から別のティーカップとソーサーを取り出し、わたしの前に置いた。
 それは、父のものと同じ形をしていたがやや小ぶりだった。父はそこにポットから先ほどのお茶を注いだ。

「貴女には、これを」

 そう言って、父は小さな角砂糖をひとつ、カップに入れ、銀色のスプーンでかき混ぜた。 
 わたしは差し出された茶を飲んだ。血のように紅いそれは、強い渋みと共にほのかな甘みがした。これがおいしいと言えるものなのかどうかは、よくわからなかった。
 父はわたしの表情にはお構いなく、自分の茶を飲んだ。わたしはカップの中の紅い茶と、カップを持つ父の白い長い指を見比べていた。

 

次にお茶を買う時にも、手をつないで外に出られるといいなと、ふと思った。






ーーーーーー
「お正月終わっちゃいました企画」という名のお題乞食をやったところ、私の性癖をよく知る方々からお題を恵んでいただきましたので喜んで書きましたの一つ目、「ニューイヤーを淡々と迎えるきんぱぱ」であります。指描写がしつこいのは自分の嗜癖です。
しかしティーカップとソーサーでサイズ違いのものって見たことないですね。日本の湯呑だと夫婦茶碗とかありますけども。まあ子供にはそもそも紅茶なんか飲ませないんだという話も19世紀くらいの小説にはザラに出てきますので不要ってことなのかな。今はどうなんでしょうね。
お題をくださったひづるさん、ありがとうございました!

 
 
2012.01.09 Mon l 二次創作 l コメント (0) l top
   激しい雷鳴で目が覚めた。外は豪雨で、ひっきりなしに青みがかった稲光が部屋の壁を照らしている。
雷が怖いと思ったことはなかった。ただうるさくて、そのまま寝付くこともできそうになかった。

   ふと、父は帰ってきているのだろうかと思った。父、ゾルフ・J・キンブリーは国家錬金術師で、しばしば軍の「仕事」に出かける。「完璧に」「美しく」やり遂げることを信念にしている父の「仕事」の内容を詳しく聞いたことはなかったが、たいていは夕食の時間までに帰ってきていた。しかしその日は帰る気配がなく、わたしは結局先に寝たのだった。

リビングに人の気配がしたので、そちらへ行ってみた。

  父がいた。

  風呂に入った後らしく、真っ白いバスローブを羽織っていた。しかしその襟から覗く首筋は上気しているというよりはバスローブと同じような白さで、そこに普段は束ねている黒髪がかかっている。

  わたしはゆっくり近づいた。

  父は、考え事をしているというよりは放心したような様子で、足を投げ出し、腕もだらりと身体の脇に下ろしていた。虚ろな目で、唇がわずかに動いている。その唇にも血の気がない。わたしは急に不安になって、父の手に触れた。

  父の指は恐ろしく冷たく、石膏でできているかと思われた。 

「起きていたのですか」

  父の声がしてわたしは顔をあげた。父がこちらを見ていた。瞳孔がわずかに震えて、それが異様な光を宿しているように思えた。長い前髪が一房、こめかみから頬にかけて貼りつき、唇の端が切れて血が滲んでいた。わたしは手を引っ込めた。 

「これは失礼」

 父は目を閉じて、眉間を指先で押さえた。
 次に瞼を開けた時にはいつもの眼差しに戻っていた。  
 
「今日の『仕事』はいつもと勝手が違いましてね」 

父は唇の端の傷を長い舌で舐めた。

「雨が酷いですね。雷は嫌いですか?」 

   わたしは首を振った。  

「女性の前でこの格好は適切ではありませんね。着替えてきます。 牛乳を温めて飲みましょう」
 
  わたしは頷いてソファに腰掛けた。もう一度父の手に触った。
父の手は相変わらず冷たかった。けれどももはやそれは石ではないとわかっていた。
父はもう一度わたしを見て、それから立ち上がった。






ーーーーーーーーーー
新年となりましたが妄想が切り替わるわけでもなくてキンブリーさんとその娘話シリーズです。
キンブリーさんは酒も煙草もやらない気がします。感覚を鈍らせるとか言いそう。
2012.01.01 Sun l 二次創作 l コメント (0) l top
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。